おいしい菜自然菜園

外に持ち出さず、菜園内での循環を目指しています

あまり目にしないものは(1)つづき(5)

 前回は横浜駅には水が迫っていることまで書いた。

 下は大きな平沼橋の上から見た帷子川の横浜駅とは逆側の上流方向の景色である。

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 下に見えている二つの手摺のうち手前側が元平沼橋のものである。橋の左側の相鉄線の線路の手前に五雲亭貞秀の錦絵の説明版が有る。

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 次も水の写真だが、横浜道を更に進んだ先に有る高島橋から上と同じ方向を写したものである。高島橋の下を流れるのは石崎川。

 前方だけ見て歩道を進んでいると気がつかないが、水面の表情や覆い被さる木々の様子に風情が有る。

 

あまり目にしないものは(1)つづき(4)

 前回は新横浜通り(昔のよこはまみち)を浅間下から海の方向(南東方向)に進んだところにある新田間橋(岡野新田と浅間の尻尾の文字を組み合わせた名前)まで書いたと思う。

 よこはまみちをそのまま進むと岡野の交差点に出会う。

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 岡野の交差点は横浜駅西口の相鉄ジョイナスを出て相鉄ムービルの横を起点とするいつも若者で一杯の賑やかな通りがよこはまみちに出会う交差点である。以前は近くに東急ハンズが有った。写真は人混みを避けて交差点を過ぎたところで撮影した。川(帷子川)の向こう側に行く場合は黄色のランプの右の歩道を進む。

 遠くに平沼橋とランドマークタワーが写っている。

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  平沼橋は1997年にできた大きな橋で、帷子川(かたびらがわ)、相鉄線、続いて横須賀線東海道線を跨いでいる。線路の部分のみアーチ型のメッシュのガードが有るが、欄干の横はビルの3階位(もっと高いかも知れない)の高さで、あまり下を見たくない。途中にエレベータが有って、2輪車もそのまま上がれる。

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 平沼橋の上から横浜駅の方向を見たところで、高島屋と相鉄JOINUSのサインが見えている。かたびら川のすぐ横に合計6本の線路が有る。写真とは反対側の直下にあるのが元平沼橋(近くに五雲亭貞秀の浮世絵をあしらった説明板が設けられている)である。

 横浜駅は、間近(マジか)まで水が迫っている。

 

つづく

 

 

使えるパソコンを終わらせないものは(1)

MBM

 あまり知られていないが、ウインドウズパソコンにはOS(オペレーティングシステム)が幾つでも入れられる(4個以上の場合、拡張領域を利用する)。

 起動するときに選べば、同じハードウエアを好きなOSのパソコンに変身させられる。

 このときに大活躍するのがMBMというブートローダー(起動のためのごく短いソフト)だ。ChaNさんという日本の作者によるもので、その働きは非常に明解である。

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 そもそも、パソコンのハードディスク(最近はSSDも有る)にはMBRマスターブートレコード)という全体の先頭領域とPBR(パーティションブートレコード)という各仕切り(パーティション、別名ドライブ)の先頭領域が有る。

 電車に例えれば、先頭車両の運転室(MBR)と、後に続く各車両に車掌室(PBR)が有るようなものだ。

 ウインドウズOSをインストールすると自身の起動のためのプログラムで運転室(MBR)を独占する。でも、これは言ってみれば、皆で交代でハードディスクが使えるのに自分専用にしているのである。リナックスの場合は運転室(MBR)にするか車掌室(PBR)にするか選べる。車掌室(PBR)にすると後で運転手が必要になるが、後述のように、これがとても良い。

 各車両に有るOSをユーザーの希望に応じて起動するのがブートローダーで、何種類か存在する。リナックスの場合、今はGrub4Dosが多く使われている。

 話しは少しややこしくなるが、これらのブートローダーを統括してユーザーの希望に従って自由に選択できるようにするために、運転室(MBR)に置かれるのが冒頭に書いたMBMである。

 複数のOSをインストールし、PBRにブートローダーを配置した後(ウインドウズは先頭の車両と運転室を占拠するが、普通はそのままで気にしなくてよい)、最後に運転手としてMBMをインストールすると、運転室から各車両のOSをきちんと選んで起動できるようになる。(もちろん通常のブートローダーのみでも可能だが、優先順位を決めるような面倒くささがついてまわる。)

 こうすることで、ハロウィンでなくても一つのパソコンが複数のパソコンに変身できる。

 またウインドウズが既にインストールされているPCの場合、Cドライブを縮小して空いた領域に(リナックスの場合Ext3等のファイルシステムの)パーティション(Cの次のDドライブ)を作成してリナックス或いは別のウインドウズ(ウインドウズの場合はややこしくなる場合が有る)をインストールする。更に、OSを入れない共通のデータ領域(普通FAT32というファイルシステムを使用する)を設けておけば、データも共有できるのである。リナックスの場合、極小だがスワップ領域も用意する。

 上記のようにして軽いリナックスOS(新しくても無料)を追加インストールすれば、使い込んだちょっと昔のウィンドウズXP、Vistaのパソコン(サポート無しで危険なのでネットに繋げない)でも、待ち時間のストレスも無く安心してインターネットが使えるのだ。

 

 

 

 

おしべが無いものは

F1の野菜の花

 野菜の種のほとんどが海外製で農家が種を買わなければならない。新聞に図解入りの記事が出ていた。流通している野菜は殆どがF1(一代交配)で、その根幹となるのが雄性不稔というおしべの無い花を使う方法だ。

 自分自身では子孫を残せない野菜を大量生産している。

 借りている畑では固定種(在来のおいしい野菜)を中心に栽培しているが、人参は量販店で買った種を使っていた。

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 花が咲いたので時間をかけて種取りをした。写真の白い花房が茶色になって種ができるまで数ヶ月を要したが、採取した種は無事発芽した。

 その後の管理について野口種苗(種の購入先とは別)に質問したところ、社長さんから返事があった。

 問題の人参は袋に一代交配と書かれていたが、F1(一代交配)の人参は全て雄性不稔でそれ自身では種はできないとのこと。種ができたのはF1でないか、別のところから人参の花粉が運ばれてきたのかのどちらからしい。

 何れにしても良く分からない種を使った栽培を続けることは無意味であり、苦労して採取した大量の種は廃棄した。

 これに懲りずに味が良く安心な伝統野菜(固定種とかエアルームと呼ばれる)の栽培に挑戦していこうと思う。

 

ながいもは

スーパーの芋から作れる

 タイトルが少し脱線してしまった。3月にスーパーで買った長芋を100gずつに切り分け、一ヶ月ほど乾燥させてから畑の畝に埋めた。その後ほぼ順調に育ち、蔓が少し枯れてきたので昨日収穫した。

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 4月に種芋を畝に埋めてしばらくして地中から蔓が伸びてきた。発芽率は100%だった。どんどん上に伸びる蔓を横方向に誘引するのが大変だった。

 写真の上の2つは種芋(分割して使用)の現在の状態。新しい長芋は種芋のずっと下にできる。そのままだと深く潜ってしまうので割竹で誘導したつもりだった。一部は割竹の外にはずれてしまい、掘るのに腰を痛めそうになった。

 来年は深いプランタ(多分蔓の誘導や水やりには工夫が必要)で試してみようと思う。

 

 

シマノインター7

内装7段折りたたみ自転車

 使いつづけているセキネ自転車製の折りたたみ自転車で富士山の北側の御坂峠(高低差が数百メートルある)まで出かけたとき(途中、勝沼ぶどう郷駅まではJR利用の輪行)に、3段ギヤでは足りないことを痛感した。

 体力の問題が大きいが、途中かなり押して歩いた。熊に出会わなくてよかったが、旧道の入り口でサルの家族に遭遇した。のんびり見ていると、真っ赤な顔のボスザルがすごい形相で威嚇してきた。数で負けるので退散したが、追いかけてくるサルに迫られ肝を冷やした。

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 本題に戻ると、逆輸入品と思われるシマノ製の内装7段ギヤユニットのインター7(SGー7R46:旧タイプで現行品とは異なる)がTKオンラインというショップで販売されていたので、内装3段ギヤの代わりに取り付けることにした。ハブ自体が一回り大きいので、その分短いスポークを使ってリムを組まなければならない。スポークの長さを自動的に計算するサイトが2ヶ所有り、便利に使わせてもらった。

 ハブの一方の側にはチェーンがかかるギヤ、反対側にはローラーブレーキ(BRーIM41R)が取り付けられるので、左右でスポークの長さが異なる。

 計算上はその差があまり大きくなかったので同じ長さのスポークが使えそうである。一般に入手可能な中で最も短い180mmのスポークの1セット36本(使うのは32本)を購入した。その他にもハブに関連した固定ボルトユニットなどの幾つかのパーツを、シマノの過去のパーツリストを参照して複数のショップから取り寄せるのにかなりの手間がかかった。

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 中心のハブと外側のリムの間にスポークを取り付けてゆく方法には交差させる数やどちらを外側にするか等の点で幾つかの方式があり、理解するのは簡単ではない。

 ここまでくるのに、最初にハブを入手してから2ヶ月ほどかかった。この後に振れ取りなどの重要な作業が始まる。

 

つづく

完全に否定できないものは

椋平虹

 念のため、オカルト的な興味を助長する意図は全く無い。

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 昨日(9日)夕刻の西の空に夕日(木の上)の右側の離れた位置に所謂椋平虹と思われるハロ(ロボットのことでは無い)が出ていた。

 椋平ひろ吉という人は、ほぼ一生涯虹の観測で地震を「予知」したという人物で、実はある時期から消印のついた自分宛(鉛筆書き)の葉書を多数持っていて、地震の後に宛先のところに自分で投函するというトリックを使っていたのが分かった。

 ただし、昭和5年11月の北伊豆地震の場合は確かに地震の前に電報で予知を伝えていたとのことでトリックは無かったらしい。「たまたま当たっただけ」ということである。それより前の関東大震災の際も東京帝国大学に電報を打ったが、こちらは焼失してしまったとのことである。

 上の写真は、このところの不安定な気象条件を考えると、特に珍しいものでは無い。また、夕日に重なっている縦のスジ雲も所謂「地震雲」の類(飛行機雲の場合も多い)である。

 話は少し変わるが、1995年の阪神淡路大震災のときに、神戸の酒造のための深井戸で測定されていたラドンの濃度に顕著な変化が観測されたことが知られている。そのため、ラドン濃度の測定が方々で行われている。

 私の考えでは上の例は外部の影響を受けにくい深い場所の観測点であったこととその場所の花崗岩地帯という地質構造の特徴によって有意な観測ができたのであって、地上で普通に観測しても正確な結果を得るのはかなり難しいと思う。

 椋平氏のトリックを見破るのに7年の努力を要したとのことであり、ある仮説を肯定するのには単に「鵜のみ」にするのではなく、また否定するには単に「非科学的」というレッテルを貼るのではなく、種々のポイントを充分に検討するのが肝要であると思う。